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金色のコルダ:2

2006年09月12日 23:36



§


 放課後の練習室。
 部屋の外へ向けて切り取られた瀟洒な洋風窓からは五月の爽やかな風に揺れる樹々の鮮やかな緑が覗き、その合間から午後のうららかな陽射しが射し込んでくる。普通なら、今頃はもう授業から解放された生徒の賑やかな声が彼方此方から洩れ聞こえてくる時間だろう。

 …だが、特別教室棟にある此処は完全防音の為、グラウンドでクラブ活動に勤しんでいるだろう生徒達の喧騒も聞こえない。しかも防音効果を上げるには部屋中締め切らねばならない事から、全室空調完備という徹底ぶりだ。


( まさに至れり尽くせりって感じよね… )

 組んだ足の上に片肘を乗せ、手の平に顎を預けるという、少々行儀の悪い体勢で部屋の中央に置かれたグランドピアノの椅子に腰掛けている香穂子は、隣に置かれた真新しいヴァイオリンケースにもう一方の手を置きながら、つらつらとそんな事を考える。

 何の因果か、音楽科主催の「星奏学院学内音楽コンクール」とやらに普通科の自分が出場しなければならない羽目などに陥っていなければ、練習室など恐らく卒業まで縁が無かった場所だろう。全く、一寸先は闇とはよく言ったものだ。

 他人事のようにそんな感想を胸の中で洩らし、小さく息を吐く。
 本当は他人事どころでは無いのだが、まだどうにも実感が湧かないのだ。しん、と静まりかえった空気も、部屋に置かれた譜面台やメトロノームなどの道具類にも馴染みが薄く、場違いな気がして仕方がない。
 そもそも練習室、などと言われても何をどう練習すればいいのかすらも判らない。
 第一。

( なんでよりにもよってヴァイオリンなの… )

 香穂子は胸の裡でこっそりと嘆く。
 弾いた事が無いどころか、構え方すらも知らない。
 ピアノくらいなら何とかなるかもしれないと ―― ほんの少しだけだが ―― 思っていたのに。

 溜息をつきそうになるのを何とか堪えながら、少女はぼんやりと宙のある一点を見上げる。
 右も左も判らない状態では身動きも取れず、先ほどからこうして座り込んでいる香穂子の前にふわふわと浮かんでいるのは、蜻蛉のような透き通る羽を持つ人型の妖精 ――― リリ。

( 初めてこの子と会った時は、びっくりしたっけ )

 香穂子はふと、ほんの数日前、リリと出会った時の事を思い出す。
 あの時、現実では初めて目にした得体の知れない生き物にたっぷり数十秒は固まっていただろう自分。
 それはそうだろう。妖精などというものはファンタジー小説かお伽噺の中の存在で、想像の産物でしかない筈だ。だから香穂子の知っている【妖精】の姿だって、絵師の想像で描かれたものに違いない。
 それなのに。
 目の前の、どう見てもその想像の産物である【妖精】にしか見えない生き物は、やはり自分を妖精だと言って自慢げに胸を張って見せた。


 ………そんな馬鹿な。


 茫然とただ見上げてくる彼女に向かって、妖精 ―― ファータと言うらしい ―― のリリはやたらと感激した様子で猛烈な勢いで喋りだしたのだ。
 その勢いに押されて、あの時は滔々と続くリリの熱弁を思わず聞くともなしに聞いてしまっていた自分。
 しかもはたと気づけば、リリの姿が見えているのは、いや、それどころかリリの声が聞こえているのも、どうやら香穂子だけらしい。そうでなければこんな登校時間の、しかも正門傍のファータ像の前、などという取り分け人目の多い場所で誰もが素通りしていく訳がない。


 …――― 大丈夫かな、私…。


 香穂子は妙な脱力感を覚えながら、ただぼんやりとソレを見つめているしかなかった。



++++++Next.

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